フォールト・ラインズ

ラジャン「フォールト・ラインズ」は、去年、フィナンシャルタイムズの年間ビジネス書大賞(Business Book of the Year 2010)を穫った本です。著者のラジャンは元IMFチーフエコノミストにして現シカゴ大学教授、ファイナンス論の大家であり、金融危機を事前に予言していたことで有名です。そんなラジャンが金融危機の原因について書いたこの本は、世界中で大絶賛されました。

しかし敢えて物申したい。ラジャンが金融危機の原因の一端をテイルリスクに帰着させているのは誤りだと。前の投稿で書きましたが、金融危機は、テイルリスクみたいに、与えられた発生確率で発生するものではない。必然です。

ラジャンは、一方で、金融危機の原因の一端をモラルハザードやエイジェンシー問題に帰着させています。これは、ファンドマネージャーや銀行経営者が自らリスクを負わないことをいいことに適当やってきた、という問題です。資金提供者に対する一種の裏切り行為でありまして、本ブログのテーマと大いに関係するところであります。この点に関するラジャンの見解には大いに賛成します。

しかし、テイルリスクとモラルハザードは両立しません。与えられた確率で発生するテイルリスクの前提は、みんなが誠心誠意義理堅く行動することです。モラルハザードがあるならば、テイルリスクの前提が吹っ飛びます。ラジャンは一方でテイルリスクに言及しながら、他方でモラルハザードにも言及する。モラルハザードを甘くみている証拠です。

金融危機の原因

金融危機の原因は、テイルリスクがたまたま発生したことである、という見方がありますが、こうした見方は間違っていると思います。
テイルリスクとは、ごく稀にしか発生しないけれど、発生するときにはドカーンと大きく発生するリスクをいいます。東日本大震災の原因となった311大地震はテイルリスクの典型です。

金融危機の原因をテイルリスクに求める見方では、「一件一件の債務不履行は確率的に発生する。債務不履行がいくつも立て続けに起こらない限りリスクが表面化しない仕掛けの証券をつくる。債務不履行が立て続けに起こる確率は非常に小さいので、この証券のリスクはテイルリスクである。先般の金融危機はそのテイルリスクが発生したのだ」という説明になるわけです。この説明の前提は「債務不履行は確率的に発生する」という理解に基づいています。ここに間違いがあります。

債務不履行が確率的に発生するためには、債務者が誠心誠意返済に努め、やむを得ない事情が生じた場合にだけ債務不履行する、ということが大前提です。債務不履行を行うことで債務者が得する機会があっても、債務者は決して債務不履行を行わない、という義理堅い債務者をイメージしています。どこの星の話でしょうか?  地球人はそれほど義理堅くありません。米国でサブプライムのローンを借りた債務者は、債務不履行で得する機会があるならば、どしどし債務不履行を行います。これを戦略的債務不履行といいます。ギリシアの国民は財政再建に反対してデモを行います。財政再建するな、外国から追加で金を借りろ、借りられないなら債務不履行しろ、と要求しているわけです。これは誠心誠意借金返済に努める姿ではありません。

債務不履行は確率的に発生するものではない、意図的に発生するものです。合理的で利己的な人は、債務不履行で得するならば必ず債務不履行します。戦略的債務不履行です。戦略的債務不履行を防ぐには、債務不履行を行った債務者が損するような仕掛けが必要です。その仕掛けがない限り、債務者は債務不履行するし、債権者はお金を貸さなくなります。これが金融危機の正体です。

債務不履行のような裏切りは確率的に発生するイベントではありません。裏切りを抑制する仕掛けがない限り、裏切りは必然です。

ニューマネタリスト

ニューマネタリスト(new monetarist)は、最近旗揚げした経済学派です。従来は、「マネーの基礎研究」(Kocherlakota 2005 [pdf] )とか、「マネーのミクロ的基礎付け」(Shi 2006,[pdf])とか呼んでいましたけど、ウィリアムソンとライトがニューマネタリストを自称してこれをサーベイする論文(Williamson and Wright 2010 [pdf]Williamson and Wright  2011 [draft pdf])を発表したので、この名が定着しそうです。ウィリアムソンは 「ニューマネタリスト経済学」と題してブログを開設して、布教に励んでいます。
で、なんでニューマネタリストが利己的利他主義に関係するかというと、ニューマネタリストが「制限された約束(limited commitment)」を共通の基盤とするからです。ニューマネタリストの一人であるAndolfattoのブログ記事によると、制限された約束はニューマネタリストに共通するフリクションだそうです。制限された約束とは、裏切ることができない約束を結べないという意味で、要するに、裏切っちゃうかもしれない、ということです。貸し借りの約束は裏切られるの結べない、で、お金が約束の代替品として流通します。債務不履行だとか贋作だとか窃盗だとか、きな臭い話が盛り沢山です。ここらの話はおいおいと。